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:2006:06/14/22:20 ++ 結局わたしは大人なのか子どもなのか
学校に『音楽と人』6月号を持っていく。
レミオロメンインタビュー。
読む。
孤独とか信じることとか。
すこし考えさせられる。
私は小さい頃から自分勝手で人付き合いが苦手だった。
だから中学時代とかかなりお友達とかをなくした。
高校でも全然相手にされない。当然専門学校に入ってもだ。
でそんな状態で人を信じることとか一人じゃないって思えることは出来ない。
考えてないし、自分ひとりだって逃げてるからだと思う。
ある意味孤独からも逃げてる。
昨日はそんなことを考えた。
今日は私がレミオロメンのインタビューが掲載されている『音楽と人』を読んでいるときに、近い席の娘が特撮などで出演してる俳優さんの雑誌を読んでいた。
遠くからみたら加賀美役の佐藤さんのグラビアがあって思わず
加賀美ぃ!!!!
と心の中で叫んだ。
今日はなんか違った。
いつもなら学校ついてすぐからでもレミオロメンのHORIZON全曲いっちゃう?みたいなノリで曲を聞けるのに、今日は「今の状態じゃスタンドバイミーとか聞けない」って思ってしまい、Ask DNAとかRevoの曲とかためしたのだけどまだダメで、結局『勇者王誕生!(米たに監督と田中公平氏が歌ってるバージョン)』を聞いた。
何時もの状態に戻っていた。
そこからエンドレスでHORIZON収録曲を聴く。
昼休みにインタビュー記事を読む。
少し考える。
そして勇者王誕生完璧絶叫バージョンを聞く。
アフターエフェクトの授業用の絵コンテを描く。
夕方。
自宅で銀魂2週分視聴後またインタビュー記事を読む。
『流星』について。
「大人にということはドライになること。」
なんとなくわかる気がする。
かえるの鳴き声とか、あまりない面白いこととか。
それは今でもかなり新鮮なのだけど、そこを感じるよりも違うこと現実を考えなくてはいけないと思ってしまう。と考えた私。
『プログラム』については新星堂で貰った冊子よりもすこし詳しく答えていた。
「自分自身と向き合うこと」だって。
菅野よう子のAsk DNAインタビューよりもシッカリした言葉。
答え?
私は17歳のときの自分に対抗するために『プログラム』という曲を『Ask DNA』という答えの変わりに『答え』にした。
自問自答。
『>私はその傲慢な絵の上から別の今の世界を描くことにした。
>あの時は今以上に自分勝手で全然解ってなかった。
>そのときの日記が記録されている3.5インチFDをみつけ、読んでみる。
>後悔。
>あの時なんであの絵を描いたのか。
>傲慢すぎた自分自身を見て聞いてみる。
>「それが私のイメージだったのか。」
>菅野よう子の世界から一歩も出ようとしない原理主義。
>それが頭の中で固まりすぎてる。
>固い考え。
>17歳の私は答えるのだ。
>"Ask DNA"~『DNAに聞いてみな』~と
>あの時から3年。
>去年までAsk DNAを越える答えは見つけることが出来なかった。
>でも今の私はその答えをもってる。
>「でも、そのDNAすら答えは持っていない。DNAは沈黙したままだ。(DNAは自分自身)」』
(日記にもならない内容がたくさん書いてある6/9のメモ帳より)
私はもしかしたら藤巻さんの言葉を無理やり自分の中の答えにしてるのではと思ってしまう。
15~17歳にかけての私が菅野よう子さんの「Ask DNA」を答えにしたときのように。
油絵。
いつの間にかレミオロメンの3人がいない。
カオス。
自分自身のカオス。
エネルギーの塊のような自分と鬱になって首締めを繰り返す自分の狭間にいる自分。
自分自身と向き合うこと。
どちらもたぶん現実逃避。
その状態で苦しんで頭を手で押さえみないようにしてる。
でもその手と頭(脳)はその2つの現実逃避と一体化してる。
昨日までは繋がって一緒にいる3人の絵だったのに、いつの間にか自分自身の絵になってる。
どうなんだろう・・・。
でもそれすら現実逃避なのでは・・・。
考える先をそこに向け、就職のほうには目を向けようとしない。
頭が痛い。
見たくない。
見ないで置こう。
でも見なくちゃいけない。
繰り返し。
壁から逃げて、壁をつくって・・・・。
レミオロメンインタビュー。
読む。
孤独とか信じることとか。
すこし考えさせられる。
私は小さい頃から自分勝手で人付き合いが苦手だった。
だから中学時代とかかなりお友達とかをなくした。
高校でも全然相手にされない。当然専門学校に入ってもだ。
でそんな状態で人を信じることとか一人じゃないって思えることは出来ない。
考えてないし、自分ひとりだって逃げてるからだと思う。
ある意味孤独からも逃げてる。
昨日はそんなことを考えた。
今日は私がレミオロメンのインタビューが掲載されている『音楽と人』を読んでいるときに、近い席の娘が特撮などで出演してる俳優さんの雑誌を読んでいた。
遠くからみたら加賀美役の佐藤さんのグラビアがあって思わず
加賀美ぃ!!!!
と心の中で叫んだ。
今日はなんか違った。
いつもなら学校ついてすぐからでもレミオロメンのHORIZON全曲いっちゃう?みたいなノリで曲を聞けるのに、今日は「今の状態じゃスタンドバイミーとか聞けない」って思ってしまい、Ask DNAとかRevoの曲とかためしたのだけどまだダメで、結局『勇者王誕生!(米たに監督と田中公平氏が歌ってるバージョン)』を聞いた。
何時もの状態に戻っていた。
そこからエンドレスでHORIZON収録曲を聴く。
昼休みにインタビュー記事を読む。
少し考える。
そして勇者王誕生完璧絶叫バージョンを聞く。
アフターエフェクトの授業用の絵コンテを描く。
夕方。
自宅で銀魂2週分視聴後またインタビュー記事を読む。
『流星』について。
「大人にということはドライになること。」
なんとなくわかる気がする。
かえるの鳴き声とか、あまりない面白いこととか。
それは今でもかなり新鮮なのだけど、そこを感じるよりも違うこと現実を考えなくてはいけないと思ってしまう。と考えた私。
『プログラム』については新星堂で貰った冊子よりもすこし詳しく答えていた。
「自分自身と向き合うこと」だって。
菅野よう子のAsk DNAインタビューよりもシッカリした言葉。
答え?
私は17歳のときの自分に対抗するために『プログラム』という曲を『Ask DNA』という答えの変わりに『答え』にした。
自問自答。
『>私はその傲慢な絵の上から別の今の世界を描くことにした。
>あの時は今以上に自分勝手で全然解ってなかった。
>そのときの日記が記録されている3.5インチFDをみつけ、読んでみる。
>後悔。
>あの時なんであの絵を描いたのか。
>傲慢すぎた自分自身を見て聞いてみる。
>「それが私のイメージだったのか。」
>菅野よう子の世界から一歩も出ようとしない原理主義。
>それが頭の中で固まりすぎてる。
>固い考え。
>17歳の私は答えるのだ。
>"Ask DNA"~『DNAに聞いてみな』~と
>あの時から3年。
>去年までAsk DNAを越える答えは見つけることが出来なかった。
>でも今の私はその答えをもってる。
>「でも、そのDNAすら答えは持っていない。DNAは沈黙したままだ。(DNAは自分自身)」』
(日記にもならない内容がたくさん書いてある6/9のメモ帳より)
私はもしかしたら藤巻さんの言葉を無理やり自分の中の答えにしてるのではと思ってしまう。
15~17歳にかけての私が菅野よう子さんの「Ask DNA」を答えにしたときのように。
油絵。
いつの間にかレミオロメンの3人がいない。
カオス。
自分自身のカオス。
エネルギーの塊のような自分と鬱になって首締めを繰り返す自分の狭間にいる自分。
自分自身と向き合うこと。
どちらもたぶん現実逃避。
その状態で苦しんで頭を手で押さえみないようにしてる。
でもその手と頭(脳)はその2つの現実逃避と一体化してる。
昨日までは繋がって一緒にいる3人の絵だったのに、いつの間にか自分自身の絵になってる。
どうなんだろう・・・。
でもそれすら現実逃避なのでは・・・。
考える先をそこに向け、就職のほうには目を向けようとしない。
頭が痛い。
見たくない。
見ないで置こう。
でも見なくちゃいけない。
繰り返し。
壁から逃げて、壁をつくって・・・・。
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